Jaro pupen
久々知 兵助
立花先輩と炮烙火矢の話で盛り上がれる奴は少ない。火薬の調合にしろ、使い方にしろ、自他共に危険がつきまとう。威力は折紙つきだとしても、忍んでなんぼの俺たちの世界――他にも使い勝手の良い、実に見合った戦いの道具はいくらでもある。
「兵ちゃん、兵ちゃん。そんなに見つめられたら手元が狂っちゃうよ」
鼻と口を布で覆い、鬱陶しそうにぼやく。
「火薬委員として監視してるだけで他意はないからな」
「監視っていうか凝視だよ、兵ちゃんのバヤイ」
やれやれと頭を振っても、彼女の両手は惚れ惚れするほど的確に動き続けている。
「もしわたしがしくじったら、五体がばらばらにお別れしちゃうからね」
秤で調べた少量の粉末を、鉄製の豆皿や懐紙に分けていく。光源は閉じかけた火薬庫の扉から入る光だけ。色はどれも似たり寄ったりの黒色ばかり。鉄臭い香りもほとんど変わらない。だが、火薬の中でも発火しやすいものを正確に見極め、豆皿へ載せているところは、さすがとしか言いようがないのだ。
「そんな凡ミス、お前はしないよ」
注意の一つでもしようかと思ったものの、今のところ、その機会は訪れる気配すらなかった。
「ところでさっきから何を作ろうとしてるんだ?」
「当ててみてよ」
「……前に、立花先輩と盛り上がっていた最小の仕込み炮烙火矢か? 着物に忍び込ませて擦れたところで爆発させるとか、何とか」
「……よく覚えてんね。それ話したの結構前よ? あ、そっちの紙、こっちに並べてって」
「できたら便利そうだと思って頭に残ってた」
少し遠くへ退けられた紙を手に取り、一枚ずつ並べていく。やけに細長く切り分けられた紙だ。彼女は一体、何を作ろうとしているのだろう。
「兵ちゃんらしいね、そういうとこ」
すり鉢で計り終わった火薬を、彼女は手早く混ぜ合わせる。
「でも、はずれ。便利なものじゃないよ」
発火しやすいものだけを除き、すべてを調合した混合火薬を、彼女はまた、秤を用いて小分けにする。
「さっぱりわからん」
「じゃあ、できてからのお楽しみだね」
それぞれの紙に同じ量の粉を分けていくのかと思えば、微妙に量を変えている。縦長の紙に線でも描くように、粉はか細くのせられていった。
「この量だと燃えるだけ、いや、少し火花が出るな。……でも燃えるだけになるぞ」
「それでいいの」
「火薬は端の方だけでいいのか?」
「全部に置いたら指まで燃えるよ」
「……持ち手のある、武器?」
ここまでくるともう、俺の頭では何も思い当たらなくなっていた。今、彼女が扱っている火薬の中で最も危険な、発火しやすい火薬は描かれた線の中間部分、それもごく僅かな量で配分されていく。
「……兵ちゃん、もういいから。これ火薬側から折って、巻くように包んでいって」
俺に見えるよう、彼女はゆっくりと細長い紙を折り畳み、包んでいく。細く、まっすぐな様は、どこか線香を彷彿とさせる形をしていた。
なるほど。完成間近のようだが、何を作らされているのか、とんとわからない。
しかも見ているだけのつもりだったのに、結局手伝わされてしまった。
「兵ちゃん、ぶきっちょ」
「初めてやるんだ。勝手がわからない」
心なしか声が低くなる。不器用なんて言われるのは、三郎たちに茶化されたときぐらいだ。反射に近いが、良い気分はしない。
「あ、怒った? やだな、戯言だよ」
彼女と同じように目と口を布で覆っている。俯いているせいで、目は前髪で隠れてしまっているはずだ。なのに、彼女は常と等しく、俺を察知する。
俺はわかりにくいがわかりやすい、らしい。長いこと同組で過ごしている勘右衛門は、思い出したように言っては、笑うのだ。「兵助の全部をわかってるのは、彼女ぐらいだけどね」必ずと言っていいほど、最後にそう締めくくられる。たとえ茶化すような、見透かされたような物言いだったとしても、すんなりと受け入れられるのは俺自身、自覚があるからなのだろう。
「お前の方が俺より器用ってだけだ」
「手先はまあ、そうかもね」
糸のように細く、捻り巻くように紙を包んでいく。数回、繰り返していくと最初に作ったものより、細くまとまるようになってきた。――彼女の作ったものに比べて太さは糸と紐、加えて形はいびつではあったけれど。
「心とか、生き方とか、そういう方で器用になりたかったな」
「不器用には見えないが」
「兵ちゃんの方がわたしよりもよっぽど器用だよ、そういうとこは」
先まで捻りきった俺のものと、途中で捻るのをやめた彼女のものを見下ろす。「先まで折らない方がいいのか?」と聞けば、「好みの問題」と返され、支障がないならと残りの紙も先まで捻りきってしまった。
「で、これは?」
作り終えた今となっては、導火線のようにも見えてくる。
明かり取りの窓すらない火薬庫では、時の流れを知るすべがない。唯一あるとするなら、遠くでへむへむの鳴らす鐘の音ぐらいだ。
「答え合わせは夜になってからかな」
「今じゃないのか?」
「本当はね、今よりも夜が濃くなる夏の方が似合う気がするんだよね。だから、せめてもうしばらく、暗くなってから。その方が綺麗に見えると思う」
「意外と考えてるんだな」
「ふふっ。あと、これを試すなら兵ちゃんと二人がいい」
「……やっぱり武器じゃない、よな」
「武器でも、便利なものでもないよ」
片付けを始めながら、彼女は言う。
「くのたまには必要ない、この知と一緒」
蓋をした火薬坪を抱え、立ち上がった。
俺が指示をしなくても、彼女はどこに何が置かれているかも把握している。淡々と元の場所へ火薬坪を棚に入れていく。
「別に、それでもいいんじゃないのか」
「……兵ちゃんらしく、ないね」
「お前に感化されたんだと思う」
素直に告げたら、遠くからの笑い声が耳へ届く。
「お前と一緒にいるから、こうなったんだ」
はっきりと告げる。しばらく経っても何も返そうとしない彼女へ畳みかけるように。一際遠くの棚へ向かったまま戻ろうとしない彼女へ届くように。
「兵ちゃん」
小さな声で名を呼ばれる。
運びやすくするために、豆皿を重ね合わせていた手を止めた。何よりも、手を止めるよりも早く、床から腰を浮かせていたことに驚いて、制止した。勝手に動いていた身体に驚きを隠せなかったのだ。
「それ、まだ名前も考えてないけど、もしうまくできてたら」
戻ってきた彼女は、固まった俺を見下ろして言う。
「覚えていてね」
今にも泣きそうな声をしていた奴とは思えないのに、細められた瞳は涙を隠しきれずにいる。
腰を下ろし、迎え入れるように軽く腕を広げた。待つまでもなく、彼女は胸へ崩れ落ちてくる。
「お前やっぱり、くのたま向いてないよ」
まるでしがみつかれているようだ。背中を撫でると、抱きついてくる彼女の腕に力が込められた。
「……知ってる」
向いていないと知ってなお、彼女がしぶとく忍術学園に留まる理由がある。それは俺と彼女だけが知っていればいいことだ。――最後まで、そうであればいいと夜を待つ。
210701
RKRN
Wordpallet,@Wisteria_Saki
"春の芽"
3.ヤロ・プペン
「声」「香り」「別れ」
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